No Pain




No Pain

LUNA SEA 
 

消えてしまう 今キミが 透けた瞳で 見ないで
抱きしめても すり抜けて 答えはきっと 痛くない
 
すれ違ってゆくよ 思いは別々の
二度と戦わない 君は望んでいるの? その先を
 
 
もう戦う必要はないの。
You don't need to fight any more.

戦いは、終わりの無い戦いしかもたらさないのだから。
Battle brings nothing but endless battle.


 
真っ赤なルージュ キスをして 氷の花にキスしたみたいで
 
すれ違ってゆくよ 光の星の上
行き場を求めてるの 僕にはわからない 進めない
 
赤いドレス 赤い靴 染められていく 誰かの世界に 今
 
すれ違ってゆくよ 色が違うだけで
温もりを包み込んで キミを包み込んで
愛を拒むなんて 君は気づいてるの?
僕の知らない世界 その赤い世界で 愛しても届かない


あなたはもうこれ以上愛に背を向ける事は出来ない
you can't turn away from love any more.

何故ならここは希望の光に満ちた惑星だから。
Because this is the star of light.
 
未来は微笑を浮かべて待っている。
The future is smiling.
 
真実の中に痛みなど存在しない。
There is no pain in the truth.

 



以下の記事も添えて。
信じる者達を待つ未来
未来予想図
終わらない戦後



ADDICTED TO WAR !!!!!!!!!!




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どこからどこまで

小さい頃、祖父母や両親に買ってもらった図鑑が大好きでよく見ていました。
 
もちろん、漢字なんて読めない年頃で、
でも、宇宙の創生や、銀河や太陽系の惑星、そして地球の成り立ち、生物の進化、
そういった事を写真や絵を通して眺めていた事を良く覚えています。
 
宇宙の創始ビッグバン、銀河や星雲の写真を見るたびに、幼心ながら不思議な感情を覚えたものです。
 
いまでもその感覚を実感する事が出来ます。
的確ではないですが、ノスタルジアのようなものでした。
そして自分を超越したものに対する畏敬の念です。
 
憧れとは少し違う、なんだか自分の根っこを掴まれたような不思議な感触は、
育っていくにつれて次第に薄れていきました。 
 
 
しかし、高校生の時、大好きな生物の授業の時に、その気持ちが蘇りました。
生物の教師(この人は担任でもあった)がポツリと言った一言。
 
 「いったいどこからどこまでが、自分なのか?」
 
これは、人体の消化や吸収の仕組みを勉強していた時と思います。
水を飲んで食べ物を食べ飲み込み、そしていつからそれらは「自分」となるのか。
そんな話だったと思います。
 
ある種、「自分」という枠組みをガタガタとゆすぶられるような、そんな言葉でした。
 
 
生物の授業は、「生命」を感じられるから好きでした。
生物の授業は、生きることの不思議を科学することに面白みを感じていました。
 
ただ、高校一年のときの化学、高校三年間の物理は、非常に無機質で「進学のための暗号式」程度の認識で、とてもつまらなかったのを覚えています。
ただ化学は、生物を受け持っていた先生の担当に代わってから、非常に面白くなりました。この人の化学の授業からは命を感じましたね。
(教える人は本当に重要と思う)
 
化学や生物の授業の内容から命と言うものの壮大な広がりと繋がりを感じてから、
再び幼い頃感じていた不思議なノスタルジアを抱くようになりました。
 
そして命という観点から宇宙を見たときに、
ここからここまでが自分で、ここからここまでがあなた、ここからここまでが宇宙、
そんな枠組みが、もしや幻想なのではないか?そんな風にも感じた事を覚えています。
 
 
高校卒業後、気になっていた人間についての事(精神世界や心理学、宗教)、
知らなければいけないような気がする大切な事、
そういった事を自分の抱えていた問題と照らし合わせながら、
溺れてもがくように捜し求めていました。
 
相変わらず物理学は嫌いで苦手でしたが、
趣味で宇宙についての事をネットや雑誌で改めて読んで目にした、
E=MC*C (C二乗)という式(物質とエネルギーは相互に変換しうる)、

無から小さなエネルギーの塊が姿を現し、爆発し、宇宙が形成される、
その事を強く意識した時に、結果的に下の様な問答を行ったことになります。
 
「宇宙と自分の境界線」
 
「どこからどこまでが自分で、どこからどこまでが宇宙なのか」
 
「自分の意識の上で分離を創り出しただけであって、本来は宇宙と自己は分割できない」
 
「物質はエネルギーの状態をとりうる」
 
「エネルギーの爆発によって宇宙が生成され、物質が生まれた」

 
 
これと同じような事が、詳しく記載してある書籍があります。

「生きる自身の心理学-コスモセラピー入門- 岡野守也 著」

 
 
 
そして僕は、ある種の「エネルギー」としか呼べないものを、
「見たり」「感じたり」する能力が少なからずあります。
それは人の周りに見えたり、モノであったり動植物の周りであったりするのですが、
この手の能力は、自分の場合、訓練によって獲得した部分が大半です。
 
 
気功のワークなどでもそうですが、「イメージを使ってあると信じる」事から練習し始める事が多いのですが、僕の場合は「エネルギーがある」とか「エネルギーがない」とかそういった思い込みレベルの思考を除去していく事から始めました。
(ちなみにイメージに集中すると言う事は脳みそに集中している事です。脳みそを感じるのが目的ではないのでは?想像ではなく創造を。)
 
「エネルギーがある」とか「エネルギーがない」とかそういった思い込みは、
実際にエネルギーを知覚することに全く助けにならないばかりか害をもたらします。
エネルギーを感じることと、自分の思い込みをさも現実かのように感じる事は、
月とスッポンどころか、似ても似つかない事です。
これは結構重要なコツ。 
 
 
そしてもう一つのコツ。
上で出た赤字がヒント。
 
宇宙との間に自分の思考が創り出した分離を取り除き、
エネルギーと自分が別物であると言う思い込みを取り除く事です。
 
注意として、宇宙と自分は一つだと「信じる」事とはもちろん大きく違いますし、
エネルギー=自分 と信じ込むことでもありませんので悪しからず。
同一視しているようで、それも立派な分離の作用です。
 
 
変な例えですが、気やらエネルギーというのはワインなんですよ。
ワインは大体、持ち運びやすいようにビンに入ってます。
そして、ペタっとラベルが貼られてます。
 
気やらエネルギーがあると信じたり、またエネルギーと自分は一つだと信じることは、作業としてはワインのボトルにラベルを貼る作業です。ワインについて記述してあるし何だかそれっぽいけど、ラベルを口に入れたってワインの味はしません。
ラベルを見て「こういう味なんだ」と言ったところで、滑稽。
 
ワインを
こぼさず持ち運ぶには、ボトルが必要です。
このボトルは、人間の五感です。ボトルから透けてワインの色を見たり出来るかもしれませんが、中身の色とは少し違うし、ボトルを口に入れても味はしません。
そして、人間の都合でビンでできたボトルに入れたまでです。
しかし、ボトルに入れたままでは、肝心の中身は味わえませんね。
五感を使用するのを諦めてください。
 
気やらエネルギーを直接知覚するという事は、ワインを味わう事です。
このお話は、さしずめワイングラスといったところでしょう。
 
ちなみに、エネルギーを操る、気を操るというのは、少し微妙な表現になります。
自分を操るなんて言わないと思いますから。
はじめっから肉体を超越したエネルギーとしての自分(含、エネルギーが物質化した肉体)が意思によって変化するのみとなります。
 
 
いまここにある自分の身体が、宇宙によって形作られている、というか宇宙の一部であると実感する事は、結構感動的です。地球の一部でもあるわけですね。
 
地球の子であり、星の子であり、宇宙の子であり、無の子である、自分。
その命が自分の意思とは関係なく、宇宙の構成要素として必然的に生み出されています。
 
そして、エネルギーとしての自分を実感すると言う事は、宇宙として変化する事と同義になります。
 
 
編集後記↓

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この旅をつづけて

完璧はないけど 張りつめていたいよ
終わることなんて無い この旅をつづけて

自由を求めて 壊れてもいいけど ありがちでいいけど
完璧は無いから 空っぽになりたい









↓僕が河村隆一を知った時↓

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